雨漏りドクター創設のきっかけ

「「雨漏りを修理する」と一口に言っても、一般の人々にとって、
「それはどんな人がどんな手段で直すんだろうか」
「いくらくらいかかるものなのだろうか?」
「どんな人が、専門家なのだろうか」
と、「???」マークだらけだと思います。

実は、雨漏りドクター(正式名称:屋根雨漏りのお医者さん)本部代表の亀岡も、8年前は、雨漏り修理に関する知識は持っていませんでした。
そういった世界とは縁のない人間だったのです。

8年前、代表の亀岡が、たまたまWebマーケティングを学んだことで、インターネットとリアルの業界と結び付けられたら、と思い、雨漏り修理のホームページを始めました。2008年頃のお話です。

何も知らなかった亀岡は、まず、埼玉県で一人親方の工務店さんと組んで雨漏り修理のホームページを宣伝してみました。
その当時のお客さんには大変申し訳なかったのですが、実は、その工務店さんは雨漏り修理の専門家ではありませんでした。
ですから、「雨漏りがしているよ」ということでご相談いただいて、直してみても、何度もお伺いしなければ、きちんと直らない、というようなこともありました。

しかし、せっかく始めた事業でしたから、もう少しやってみよう、と考え、他の県で仕事をやってくれる人を募集し、何社かの方々と一緒にお仕事をしてみました。

でも、実は募集に応じてやってきてくれる人というのは、仕事が無い、だからなんとかしたい、という方がほとんどだったのです。

なぜかと言うと、「もともと仕事が無い」ということは、その人の技術や知識、あるいはコミュニケーションに何かしら問題があり、仕事が無くて困っている、という場合が多いからなのです。

その職種が、お掃除だったり、内装をいじったりするように、失敗しても致命的な問題は起きない、というような仕事であれば良いのですが、特に雨漏り修理に関しては、全てがオーダーメイドに近く、きちんとした技術、知識を持っていないと、仕事自体が成り立ちません。
失敗するということは、雨漏りが止まらない、ということで仕事をやっていないのと同じです。

もし、失敗してしまえば、お客さんは、お金だけを払って、何も変わりません。
損をするだけ、何も得るものがないのです。

「雨漏り修理」という目的を考えると、仕事が無くて困っている人に仕事をしてもらうというのは、間違った選択だったのです。

間違ったネットワークの作り方をしてしまったがために、何人かのお客様にはご迷惑をお掛けしてしまいました。
そのことによって、
「こんな仕事のやり方をしていては、やりがいもないし、ただただ、ご迷惑をお掛けすることになってしまうからやめてしまおう」
とも考えました。

そこで、たまたま出会ったのが、「板金組合」という組織の中の「青年部」というところに所属していらっしゃり、県の代表として、東京に集まって会議をしていらっしゃるような方でした。

亀岡は、それまで建築板金という業界を知らなかったため、どういう業種で、どんなことをやっているのか、よくよくお尋ねし、調べてみました。

すると、実は、どんな屋根であっても、細部の、雨水の通り道等を確保したり、大手の工務店等が雨漏り修理を最後に頼むのが、建築板金業を営んでいる方だ、ということを知ったのです。

知るのが遅すぎた!と言えば、そのとおりでしょう。
しかし、関東以西では、特に建築板金業を営む方々というのは、基本的にほぼ下請けでお仕事をされており、あまり表に出ることはなかったのです。

関東以西、とお伝えしましたが、東北や北海道は、雪が多いこともあって、屋根には板金が使われていることがほとんどです。

ですから、雪が多い地域の方々は、まだ建築板金業という業界を理解し、家の屋根を修理する際には、板金屋さんに頼む、ということがあるのです。

とは言っても、やはり大工さん、とか工務店さん、とか、というような方々よりは、かなり後ろの方に隠れて遠慮がちなのが、建築板金業の方々、というイメージを今でも亀岡は持っています。

なぜ、この建築板金業を営む方々が表に出なかったのかといえば、建築板金の技術というのは習得が大変難しく、10年程度は、技術の研鑽を積まなければ、一人前とは言えないような世界です。

雨漏りドクターメンバーも、半数以上が、この業界で始めた頃は、どこかの親方のところに弟子入りし、本当に安い給料で何年か丁稚奉公のようなことを経験しています。そして、技術を磨かせてもらっているのです。

ですから、同じ下請けであっても、他の業種の方々よりも、高い賃金で仕事をやることが多く、下請けの仕事で十分潤っている、という業界でした。
あえて、一般の方々に対して営業をしたりする必要をあまり感じていなかったのだと思います。

亀岡が出会った、「板金組合青年部」の方は、その中でも、各県の代表として、東京に集まり業界の未来を考えよう、という意識を持った方のお一人で、業界のことを考えると共に、ご自身の技術、知識、ノウハウに誇りを持ち、お仕事をされていました。

板金組合では、毎年、各県から腕に自身を持つものが集まり、技術を競う競技会が開かれるのですが、その場も実際に見せていただきました。

皆様、すごい熱気をもって、競技会に参加されています。
たいてい、この競技会に参加される方は、
“半年くらい前から、仕事以外の時間は、ほとんど全部をこの競技会の練習のために使っている”
という方が多く、技術にかける気持ちがすごく高い業界なんだ、というのを、ものすごく意識させられました。

業界全体の流れとして、建築板金業を営む方々は、そのころまでは、下請けとしてやっていれば、それなりに潤っていました。
しかし、ちょうど2010年頃は、建築業界自体がかなり辛い状態になっており、下請けの賃金も相当圧迫されつつあり、
「あれ、今までのままでやっていって大丈夫なんだろうか?」
と、建築板金の仕事に携わっている皆が思い始めていた頃でもありました。

そこで、一般のお客様に対して、直接アプローチをかけていくことも必要なのではないか、と考え始めている時でもあったのです。

亀岡との出会いにより、その「板金組合青年部」の方も、一般のお客様にアプローチを掛けられる、
インターネットを使った集客方法に興味を示してくださり、「俺らと一緒に仕事をしないか」と言ってくださいました。

同時に、亀岡も、この業界の方々の技術に対する貪欲さ、意識の高さに触れ、また、業界を誇りに思う気持ちや、業界のこれからを背負っていくぞ、と考えている、各県の代表として出てきていらっしゃる方々とお話しをし、

「ぜひとも、この方々をもっともっと多くの方々に知っていただきたい」

そう考ました。

そして、すべて一から出直し、2010年4月、東京にて決起総会を行い、60名で全国を網羅する「屋根雨漏りのお医者さん」を発足し、お仕事を始めさせていただきました。

今、亀岡は、こういった技術、知識、ノウハウを持った素晴らしい雨漏りドクターのメンバーを多くの方々に知ってもらえるということに、喜びを感じています。

また、メンバーを出来るだけ多くの方々に知っていただくことで、雨漏りの悩みを持っている方々を辛さから解放できる、ということにも喜びを感じます。

だからこそ、このお仕事を楽しく、そして気持ちを持ってできるのだ、と思うのです。

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